B触っていいのは俺だけだ


く〜っ、昨日の失態に俺は拳を握り締めた。

喉が渇いて、夜中目を覚ませば隣に刹那がいて、俺は夢じゃなかったのか、と肩を落とした。

夢だったらどんなによかったか…。

「う゛〜、喉からから」

とりあえず水分が欲しい、と思って起き上がろうとしたが刹那の腕ががっちり俺に巻き付いていて起き上がれなかった。

しかも今気付いたけど此処、仮眠室だ。

俺は何とか刹那の腕の中から抜け出そうと身をよじる。

「…んっ、…ぅっ!?」

身をよじった途端、今度は腰あたりに痛みが走った。

痛って〜!!

「……ぅうっ」

じわりとにじんだ視界で、寝ていると分かっていてもついつい刹那を睨みつけてしまう。

「何で俺がこんな目に…」

キッ、と刹那を睨みつけていれば不意に巻き付いていた腕が、更に体同士を密着させるように動く。

そして…、

「誘ってんのか?」

と、甘くかすれた低い声が俺の聴覚を震わせた。

「〜〜っ!?起きてたのかっ!?」

カァッ、と一瞬にして身体中の血液が沸騰したようになり、身体中を駆け巡る。

「で、誘ってんのか?」

ぐっ、と足の間に刹那の足が入り込んできて押し付けられる。

「……ぁ」

そこで、下肢に触れるものを感じ、お互い何も身につけていない事に気づいた俺は頭の中が真っ白になった。
状況についていけず混乱に陥った俺をよそに、刹那は俺の首筋に顔を埋めてくる。

べろり、とざらつく感触を感じた次の瞬間、首筋にちくり、とした痛みが走った。

「…っ、なっ、にして」

はっ、と意識を目の前に戻し首筋から顔を離した刹那に視線を向ける。

「さぁな」

しかし、俺の問いに答える気がないのか刹那は自身の唇をぺろりと紅い舌で湿らせると、密着した下肢に右手を持っていく。

「…ぅ、ぁ…ゃめ…ぁあっ」

「お前が俺のモンだってこと、忘れんじゃねぇぞ」

数時間前まで触れられていた体に火がつくのは早かった。

そして、熱に呑まれるのも早かった。





◇◆◇





「………んぁ?」

きらり、と光る眩しさを感じて目を開ける。

「んぅ、…ここは」

あぁ、仮眠室だ…。

「………」

バッ、と隣を見る。

だが、そこには誰もいなかった。

あれは夢だったのか、と安堵の溜め息をつきたかった俺だが、俺自身に残る痕跡がそれを否定させてはくれなかった。

喉が痛い。腰も痛い。人には言えないような場所も痛い。

身体中に紅い痕が点々と付いている。

正直俺は泣きたかった。

でも、場所が場所だけに泣くわけにもいかず散らばっていた制服をさっさと身に付ける。

そして、今何時だろうと室内に置かれている時計に視線をやった。

「……12:30」

時計はお昼を指していた。

生徒会特権により授業免除というものが俺にはあるが午前の授業全てをさぼったのは初めてだった。

時刻を認識したことにより、昨日の夕食、今日の朝食を食べていない事を思いだし、お腹が鳴った。

ここにいてもしょうがないし、刹那が戻って来ても困るので俺はとにかくお腹を満たそうと学内の食堂に行くことにした。

人の多い食堂に刹那は滅多に足を踏み入れないから会うこともないだろうし…。





◇◆◇





昼時の食堂はいうまでもなく込んでいた。

しかし、今は一人なので人混みの中を進むなんてことはせず、入り口横から延びる階段をゆっくり上がって行く。

「あっ、竜樹様だ!!」

その中で、一階にいた生徒が階段を昇る俺に気付き声を上げた。

「本当だ、竜樹ちゃんがいるぜ」

「今日も可愛いな〜」

「何か、一段と色気増してねぇ?ヤバいぜ、あれ」

「お〜い、竜樹ちゃん。俺等とイイコトして遊ばねぇかぁ?」

一階から聞こえてくる意味不明な言葉の羅列を無視して、二階席に着いた俺は料理を頼む。

料理はすぐに運ばれてきて、お腹の空いていた俺はさっそく食べ始めた。







カチリ、と使い終わったフォークを皿に置きナフキンで口元を拭う。

「ご馳走様でした」

食べ終わった皿をウエイターに下げて貰い、水と氷の入ったグラスと中央に控え目に置かれた、淡い色の花が咲く花瓶以外何もなくなったテーブルに肘をつく。

「……はぁ」

冷静になった思考で昨夜の出来事を思い起こし、溜め息を吐く。

失態だ。いくら刹那に抑えつけられていたからって、諦め早すぎじゃないか。

そもそも抵抗という抵抗をあまりしていないような気がする。

なんでだ…?

額に手をあて、目をつむり、自問自答する。

自分で言うのも何だが、昨日の俺は明らかにおかしかった。

刹那の姿を見ただけで、視線を向けられただけで心臓はバクバクいうし、近くにいると尚更意識してしまう。

その声で名を呼ばれると妙に恥ずかしくて、逃げたくなった。

ましてや触れられたりなんかした時にはそれらが一遍に押し寄せてきて、どうしていいのか分からなくなってしまったし。

「……はぁ。これじゃまるで…」

ん?

んん?

俺、今何考えた?

自分の出した推測に俺は一人赤面した。

「違う、違う。絶対ないって」

ぶんぶん、首を左右に振って立てた推測を頭の中から追い出すと立ち上がる。

もう考えるの止めよ。

それより授業、授業。


思考を切り換え、階段を降りる。

昼休み終了が近いせいか食堂にいた生徒の数は減っていた。

俺が、午後の授業は何からだったかな、と思い出しながら最後の階段を降りれば、いきなり肩を誰かに叩かれた。

ん?と振り返れば、そこには厄介な奴がいて…。

「竜樹ちゃん一人?」

「えぇ、まぁ」

「この後一緒に遊ばね?」

「いや、授業に出たいから。東海林くんだって授業あるでしょ?」

「あるけど、それよりも俺は竜樹ちゃんともっと親密になりたいなぁ」

そう言って肩に置かれていた腕が、俺を抱き締めるように回される。

「…ちょっ、東海林くん!!離して!!」

腕を回された瞬間、ぞわり、と鳥肌が立った。

温い温度が気持ち悪い。

「またお前か。伯頼から離れろ」

そこへ、いつものように飯山がやって来た。

「それはこっちの台詞だ。毎回邪魔しやがって」

言い合いをするのはいいけど早く腕を退かしてくれっ。

しかし、俺を無視して二人はヒートアップしていく。

「邪魔?邪魔なのは東海林の方だろ?伯頼は嫌がってるじゃないか」

「そんなことねぇよ。な、竜樹ちゃん」

東海林が俺の耳元で喋る。

…っ、気持ち悪い。

「…離して」

「ほら、見ろ。嫌がってるじゃないか」

「竜樹ちゃんはそこらの奴と違って恥ずかしがりやだから、照れてるだけだろ」

確かに食堂内に残っていた生徒達がこっちを見ていたが、今の俺にはそっちを気にしている余裕など一欠片もなかった。

「とにかく伯頼を離せ」

飯山は俺の腕を掴むと自分の方へ引き寄せる。

しかし、東海林が腕を回しているせいで動けなかった。

それに痺を切らした飯山が、俺から手を離し東海林を睨みつけた。

「東海林!!」

「負け犬の遠吠えは醜いだけだぜ」

東海林は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、俺の顎に手をかける。

俺はこれ以上触られたくなかった。

だから、顎にかかった手を落とそうと顔を左右に振る。

「…嫌だっ、離せっ!!」

「東海林!!その汚い手をはな……!?」

飯山は何かに気付き、驚きに目を見開いて言葉を途切れさせた。

それを不審に思った東海林も飯山の視線の先、顎を上向かされて白い綺麗な肌が晒された俺の首筋を見やる。

そこには、刹那に付けられた紅い華が綺麗に咲いていた。

「竜樹ちゃんこれ誰にやられた!?」

血相を変え、顔をしかめた東海林が、俺の顎を掴む手に力を込め怒鳴るように聞いてくる。

「…痛っ」

それにより苦痛で顔を歪めた俺に構うことなく二人は詰め寄ってくる。

「伯頼、俺にも言えないような奴なのか?」

もう嫌だ。何で俺がこんな目に。

何度そう思ったことだろうか。

じわり、と視界がにじみ始める。

そこへ…、

「てめぇら何してやがる」

滅多に食堂へ来ないと思っていた人物がやって来た。

「…龍条」

二人は同時にその人物の名を呟いた。

食堂内もいきなり現れた刹那に驚きキャーキャー騒ぎたてる。

「…刹那?」

俺も刹那が来たことに驚き、今にも溢れ出しそうだった涙がピタリと引っ込んでしまった。

刹那は周りの悲鳴に、煩わしそうに眉間に皺を寄せ、無言のまま俺達の方へ歩いてくる。

「龍条が態々こんなとこまでくるなんて珍しい」

飯山は俺達の前で立ち止まった刹那にそう声をかける。

しかし、刹那はそれも無視して、俺の顎にかかっていた東海林の手を叩き落とすと、俺の腕を掴み引き寄せた。

痛みに力が緩んだのか東海林からあっさり引き離された俺は刹那の胸の中に飛込む形になった。

「竜樹」

「え?」

そして、名前を呼ばれて顔を上げれば、唇を重ねられる。

「んんっ!!…んっ…ん、はぁ…」

昨日、今日と散々されたとはいえ深いキスに慣れるはずもなく俺は刹那にしがみつくしかなかった。

「…っ、はぁ…はぁ…」

解放された頃には俺は自力で立っていられず、刹那に腰を支えられていた。

「伯頼に何してるか分かってるのか、龍条!!」

「竜樹ちゃんに手ぇ出したのはてめぇか!!」

二人が何か言ってるのが聞こえるけど、俺はそれどころじゃない。


やばい…、何がって?
色々だよっ!!

刹那は俺から視線を二人に移すと、瞳を細め唇を笑みの形に歪めて食堂内にいる生徒達全員に聞こえるよう言い放った。

「コイツに触っていいのは俺だけだ」

「なっ!!!」

「何勝手な事言ってんだてめぇ!!」

それでも煩く吠える目の前の二人を刹那はヒヤリ、と背筋も凍るような鋭い殺気を乗せた視線で黙らせる。

みるみる青褪めていく二人を、相手をする価値もねぇと意識から除外した刹那は立っているのもやっとな俺を抱き上げた。

「うわっ!?」

「行くぞ」

俺は何が何だが分からぬうちに刹那の手により食堂を後にし、生徒会室に戻らされた。

ただ、一つ分かっているのは午後の授業も受けれないんじゃないかということだけだった。




[ 91 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -